2002年07月21日

城端開町の謎に迫る

20020722104428.jpg 「城端城を探す会」http://isweb19.infoseek.co.jp/diary/arahousi/
の会議をしました。
 城端町は城主荒木大膳が福光にあった善徳寺を招請して始まったとされていますが、その荒木大膳が何者であったのか、また城の位置はどこだったのか定説がありません。
 まず大膳という名前は官職名であろうと思われます。「おおかしわでのつかさ」として、菓子を作るなど朝廷の供応の職だったようです。この長は、大膳大夫。従四位下の位で、越中守よりも3〜4階級上で、とてつもない地位です。ちょっと考えられません。
 大膳の末裔の荒木氏によると、「大膳は荒木村重の子であるかもしれない」そうで、だとしたら大変な発見です。
 写真は別院台所門前にある看板です。岩佐又兵衛の絵が県の文化財になってます。この人は荒木村重の実子です。なぜ城端別院にあるのか不思議でなりません。



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posted by きよべ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まちづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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