2003年07月10日

失敗の許される社会に

 日本中を震撼させた12歳の少年による殺人。 痛ましい悲しい酷い事件です。 親御さんをはじめ関係者の心中を察すると胸が張り裂けそうになります。 僕が同じ立場でも「極刑で臨んで欲しい」とやはり言うかもしれません。 でも社会に必要とされることは罰することではなくて、二度とこんな悲劇をおこさないことです。
 少年法を改正せよと「識者」なる人種が言っています。 果たしてそれがこの事件の「抑止力」になりますか? この12歳の少年は「どうせ法で裁かれないから」と罪を犯したとは思えません。
 幼児に対するいたずらが発覚することを恐れ、パニックになり強行に及んだ、と僕は考えます。 冷静に考えると殺人といたずらでは罪の重さが違います。 しかし少年は「いたずらが発覚すれば自分の人生が終わる」と感じたのではないでしょうか?
 私事で恐縮ですが、小学校の下校途中の大雨の中、雨宿りしていた駐車場のコンクリートブロックに我慢できずにオシッコをかけてしまいました。 すぐ発覚し、家主にひどく叱られました、そして「警察に言う、学校に通報する」と。 このとき僕は「なにもかもがダメになった」と感じたんです。 いま思えばなにを大げさな…と思うのですが、失敗を経験したことの無い子どもはそう考えました。 本当に逃げ出したかった、この世から…。
 「良い子」でいることの重圧から自我を守るには、闇で小出しにストレスを発散するか、突然キレるしか本人にはできません。 「良い子である必要はないし、罪は罪だけど小さな失敗もしていいよ」と優しく伝えられる社会であって欲しいと心から願います。 もし社会が少年を一方的に責めつづけるなら、悲劇はまた起こりえます。
     犯人の少年が生きていてくれて本当によかったと思います。
 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
 麻のきものに木綿袴。 汗をかいたので、夜シャワーの時に一緒に水洗いしました。


posted by きよべ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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